9月号
宮澤賢治(1896〜1933)の作品に、「狼森(おいのもり)と笊森(ざるもり)、盗森(ぬすともり)」という民話風の童話がある。舞台は小岩井農場の北にある4つの森に囲まれた野原。ある年の秋、新天地を求めて4人の百姓とその家族がやってくる。まず彼らは森に向かって「ここへ畑起こしてもいいかあ」と叫ぶ。森は一斉に「いいぞお」と応える。百姓たちはさらに「ここに家を建ててもいいかあ」「ここで火たいてもいいかあ」「すこし木貰(もら)ってもいいかあ」と次々に尋ねるが、森は「ようし」と応え、百姓たちは喜んで家を建て畑を起こし定住を始める。寒い冬の間、森は百姓たちのため北からの風を防いでやる。
翌年収穫の秋を迎えるが、ある朝起きてみると子どもたちがいなくなっている。百姓たちは森に向かって「さがしに行くぞお」と言い、森は一斉に「来(こ)お」と応える。一番近い狼森で狼(おいぬ=オオカミ)たちから子どもたちを取り戻した時、狼たちは百姓に向かって「(子どもたちには)栗だのきのこだの、うんとご馳走したぞ」と叫ぶ。百姓はお礼に粟餅(あわもち)を作り狼森に持っていく。次の年の秋には百姓の農具がなくなる。百姓たちは「さがしに行くぞ」と言い、森は「来お」と応え、大きなザルの下に隠れていた山男から農具を取り返す。さらに翌秋、収穫していた粟が全部なくなった百姓は盗森のまっくろな手の長い大きな男から粟を取り戻すが、山男も大きな男も粟餅が欲しかったことがわかり、百姓は毎秋粟餅を作って彼らに捧げる。
この作品が妙になつかしく感じられるのは、おそらく長年にわたる農耕民としての祖先の記憶が私たちに伝えられているからに違いない。人は大昔からつい最近まで、「恐縮しながら」自然と共存し、自然の豊かな恵みを受け、いのちを次世代につなぎ、感謝しつつ暮らしてきたのであろう。しかしいつの間にか人は謙虚さを忘れ尊大になり、「自然を支配した」と勘違いする。これは現在進行している自然環境の激変に関係しているが、それは10月号で…。
(園長:今石正人)
